Japan Patients Association 

   


 
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3月14日(月)8:40 ホテルを出発して周辺(陸前高田市)を視察

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番外 海岸の様子
69  ホテルから観た陸前高田市の様子。海岸側は重機で整備された広大な更地になっている。(6:20撮影)
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岩手県の被災者は、現在も応急仮設住宅に1万7000人、みなし仮設住宅を含めると2万2000人が仮設住宅に暮らす。これはピーク時の約50%になる。一方、約1万4000人が住居を確保しており、被災者の二極化が進んでいる。
県の北部と南部でも復興状況に差がある。北部では復興住宅もほぼできて自立再建も進んでいるのに対し、南部の陸前高田市、大槌町、山田町では半分以上が仮設に取り残されているという。
土地のかさ上げによる宅地造成が遅れているため、家を建てたくても立てられない状況もあるようだ。写真を見ても、まだ住宅の建設には時間がかかるような感じがする。
70 ホテルの正面。このホテルも被災して、高台に移転したらしい。
(岩手県陸前高田市高田町長砂60-1)
71 ホテルの前で集合写真を撮って出発。岩手県難病連の千葉さんが車で先導しながら案内してくれた。(8:34撮影)
72 陸前高田市の災害公営住宅(復興住宅 197戸)。
(陸前高田市高田町字中田 58-2)
73 被災した大船渡線の鉄橋。
74 震災遺構として保存されている旧下宿定住住宅を視察。
(岩手県陸前高田市高田町字下宿34番地5 )
75 海岸から200メートルほど内陸に建つが最上階(5階)の床上まで浸水した。
76 佐藤明さんの住宅跡(ホテルの近く)。(8:42撮影)
土地は市に買い取ってもらったらしい.。「ここです」と指で示す佐藤さんの心中はいかばかりか。
(岩手県陸前高田市米崎町沼田60)
77 震災遺構として保存されている旧道の駅高田松原を視察。(8:57撮影)
(岩手県陸前高田市高田町古川28-5)
78 同上。
79 同上の追悼施設。(9:04撮影)

大槌町に向かって走る

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80 大槌町に向かう途中にあった被災したままのトンネル。(9:43撮影)
81 国道は、ダンプカーがひっきりなしに走っている。(9:46撮影)
82 バスは大槌町へ。
この時期、大槌町の港では養殖わかめの収穫でにぎわっている。
83 町長以下40名が犠牲になった旧大槌町役場庁舎を視察。(10:42撮影)
2016年3月現在、庁舎は解体か保存か検討中である。無残な姿に命のはかなさやもろさを感じた。
(岩手県上閉伊郡大槌町新町1番1号)

最後は山田町を視察


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84 坂を下って山田町へ。(11:03撮影)
山田町は、津波と火事で多くの家屋が喪失した。
85 海岸の横に建つ被災したままの住宅。散髪屋さんのようだ。
86 建設中の防潮堤。高さ9.7メートルになるらしい。
87 仮設の店が営業している。
88 山田町役場に到着。(11:09撮影)
89 役場の屋上で、千葉さんの友人の田村剛一町議会議員(右端)から被災当時のことや復興計画の説明を受ける。
復興は多重防災式といって、海岸に9.7メートル防潮堤をつくり、その内側をかさ上げして商業施設にする。そして高台に住居を建設するというもの。しかし、住民も震災直後は海が怖いということで高い防潮堤に賛成したが、落ち着いてくると高台に住むので必要ないのではと疑問視する人が増えてきたという。陸からは海が見えないという不安もある。田村さんは、人が消えて防潮堤だけが残るのではと言っていた。
90 屋上から観た山田町の様子。あまり町づくりが進んでいるとはいえない。
視察を終えて千葉さんとはここでお別れ。バスの運転手さんは、被災で道路状況が変わっているのでわかりづらいと言っていたが、千葉さんの案内なしでは大槌町、山田町の視察はできなかっただろう。感謝。(11:28撮影)

JR釜石駅周辺で昼食をとり、JR新花巻駅で解散

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91 バスは山田町を後にしてJR釜石駅に到着。ここでしばらく休憩する。駅には、第88回高等学校野球大会・21世紀枠で岩手県立釜高等学校の出場を祝う看板があった。(13:16撮影)
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釜石のセンバツ出場決定を受け、地元釜石市と盛岡市では、毎日新聞の号外計5000部が配られた。地元での喜びはとても大きかったようだ。
92 釜石駅周辺での昼食。おいしかった。
93 JR新花巻駅で解散。一部は花巻空港で解散。宮城、福島からの参加者はバスと一緒に帰った。(14:50撮影)
94 同上。
 
 ツアー無事に終わりました。かなり駆け足でめぐった3日間でしたが、今回はオプションとして福島や宮城だけでなく、岩手県の様子も少し垣間見ることができました。そしてあらためてわかったことは、被害の大きさは想像を超えるものであったということです。また、当然ながらそこで生きている人たちがいました。復興に向けては、いいことだけではありません。また、新たな問題が発生したりしています。それをどうやって乗り越えていくかがこれからの大きな課題のように思います。
 個人では、これだけの視察や被災した方々のお話を直接聴くことは困難であり、地元難病連の協力や厚生労働省の患者サポート事業を活用できてこそなし得た企画です。ご協力いただきました皆さまに心より感謝申し上げます。そして、これからも東日本大震災を忘れることなく見守っていければと思います。
                                                     (写真・文書 藤原 勝)    
 
                                               
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