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JR郡山駅から浪江町(福島県)へ








 1  JR郡山駅前に集合。
 2 JR郡山駅前の線量計 0.172μSv/hを示している。 ちなみに東京で0.04μSv/hぐらい。
 3 レンタカーに荷物を積み込み出発。磐越自動車道に入る。
 4 いわき市で磐越自動車道から常磐自動車道を北上。
 5 放射線量を示す掲示板。
 6 四倉PAで休憩。自動車でおじさんがおにぎりなどを売っていた。この車はNEXCO東日本が貸し出しているとのこと。
 7 四倉PAにあった帰還困難区域の線量を示す掲示板 常磐富岡ICから浪江ICあたりが高値を示している。
 8 車から周囲を視察するため「広野 楢葉」インターから国道6号線に。


国道6号線を北上して浪江町に到着。地元の佐藤さんらと合流して居住制限区域の視察へ


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 9 国道6号線を北上。
10 あちらこちらで除染をやっている。
11 帰還困難区域を示す看板とガードマン。幹線道路のためか交通量はけっこう多かった。
12 このときの車内での線量は0.91μSv/h。
13 ローソンの駐車場で地元の佐藤さんと南相馬の江井さんと合流。後ろに浪江町役場が見える。
14 ローソンの店内には、激励のカードが展示されていた。
震災後、浪江町では全てのコンビニエンスストアが閉店していたが、昨年8月27日、同町で「ローソン浪江町役場前店」が初めてが再オープンした。立ち入り時間制限等のため営業時間は短縮している。隣のレストランは閉鎖されたままだ。
15 左から伊藤さん、地元の佐藤さん、福島難病連の渡辺さん。後ろのガソリンスタンドも閉鎖されている。
16 国道114号線から浪江町の居住制限区域の視察に向かう。
町内を東西に走る幹線道路、国道114号線の除染は、平成26年12月までに全対象区間(28キロメートル)で完了(浪江町のホームページ)。


浪江町、小高地区の視察

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17 被災したままの家屋が残る。
18 国道114号線での放射線量は2.687μSv/hを示している。除染をしたわりにはけっこう高い。道路だけ除染しても、風や雨でまた周囲から汚染されるのではないだろうか。
19 加倉スクリーニング場。ここから先は通行証がないと入れない。
20 浪江町通行証。
21 苅野小学校方面にすすむ。
22 だれもいない苅野小学校の正門。震災時、情報が入らなかったことから、ここには多くの住民が放射線量の高いことを知らないまま避難した。今はただひっそりと廃墟化されつつあるようだ。
23 雑草が伸びて荒れ放題の裏庭。
24 グランド。


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25 道路の右が除染済みで左が除染していない農地。行政区ごとに除染するので、道一本を隔てて違うのがよくがわかる。
除染対象区域内では、12月末時点で宅地8%、農地11%、森林13%、道路17%の除染が完了(浪江町のホームページ)。←おおがかりでやっているようだが、あまりすすんでいるわけではない。
26 除染で出た土などを黒袋に入れて積み上げている。除染といっても、放射線がどこかに消えてなくなるわけではない。
27 佐藤さんの家。手前の納屋は潰れたままになっている。
28 ネズミが開けた天井の穴。ネズミがさんざん家を荒らしたあげく、食べ物がまったくなくなるとどこかに去って行ったそうだ。
29 荒れたままの農地。
30 大きなクレーンで低レベル放射性廃棄物を積み上げている。最終的にはどこにもっていくのだろうか。
31 福島第1原発から20キロにある吉沢牧場。
32 今でも、被爆により経済価値のなくなった牛300頭が飼育されている。


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33 のんびり草をはむ牛。
34 私たちに状況を熱く語ってくれた吉沢さん。ペットはレスキューOKで、なぜ牛は殺処分なんだという言葉が耳に残る。牛を生かすことで希望をつなげたいという。
下記のサイトに吉沢さんのことが詳しく書かれています。
「決死救命、団結!」―希望の牧場・吉沢正己の訴え―(外部サイト)
35 吉沢牧場の看板。
36 浪江町と小高地区の境界で通行止めの県道。以前はガードレールで頑丈なバリケードがしてあったが、現在は開閉式になっている。
37 牧場入口の草むらでの放射線量は、4.43μSv/h。山に入るともっと高いそうだ。
浪江町では、行政は復興に取り組み、それをアピールするが地元の人は復興しないだろうと言い、ギャップを感じた。
案内してくれた人が、「復興、復興と言っている町の幹部や地元議員の中には、他の地域に家を建て家族を住ませているものがいる」と、東北の言葉でぼそっと話していた。
浪江町の住民アンケート(PDF)でも厳しいものを感じる。
38 だれもいない小高地区。前を走るのは江井さんの車。無人の町は異様な光景だった。
39 閉鎖された常磐線のJR小高駅。
40 集合写真。


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41 被災時のまま駅に置かれた自転車。時間が止まったままのようだ。
42 同上
43 海岸側の様子。道路などのインフラ整備はすすんでいるが、被災した家がそのまま残っていた。
44 土台だけ残った家。まだ復興の兆しは感じられない。

松川浦の「ホテルみやとや」へ

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     2日目に続く       
45 さらに北上して、夕日が沈みかけたころ松川浦に。
46 今晩お世話になる「ホテルみなとや」で夕食と交流会。みなとやさんも津波で被災している。ここから撮影したという津波のビデオを観ながら、被災された方々のご苦労をしのんだ。
47 魚貝類中心のとてもおいしい料理をいただいた。

                                               
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